元河出書房編集者の田邊園子さんが8年間も書いたまま眠らせていた原稿をついに出版した((『伝説の編集者坂本一亀とその時代』、作品社)。田邊園子さんは、かの有名な河出書房の編集長・坂本一亀氏(ミュージシャン坂本龍一の父親)の下でさんざん鍛えられ、こき使われ、泣かされた編集者。その怨みつらみ怨念をついに暴露・・・というのはウソ。いかに坂本一亀氏が素晴らしい編集者であったかを格調高い文章で書いている。この原稿についてはいろいろな面白い話がある。河出書房新社で出すのか作品社で出すのか、はたまた編書房(小社)で出すのか、紆余曲折があった。結局は作品社で出版することに落ち着いた。この本の出版をめぐる裏話を書きたいが、差し障りがあるので遠慮しておこう。小社にも多少の縁があったので、この本の書評を書いてオンライン書店bk1に掲載していただいた。
−−シャイな天才編集者・坂本一亀 −−
「本稿の成立は、丁度十年前に、坂本一亀の子息坂本龍一から、父が生きているうちに父のことを書いて本にしてほしい、との依頼があったことが発端である」と“おわりに”に書いているが、著者からこの本の原稿についてはいろいろと聞かされていた。なんだか面白そうな内容だなあ、早く読みたいと思っていたが、ようやく作品社から出版された。原稿がすっかり出来上がっていたにもかかわらず八年間も埋もれていたのは、坂本一亀氏の「出版ハ、自分ガ死ンデカラニシテクダサイ。オ願イシマス」というたっての願いで先送りされてきたのだ。
坂本一亀氏は終戦後、昭和二十二年に河出書房に入社し、一貫して純文学のジャンルで新人作家を育て続けた。同人雑誌を丁寧に読み、全国を歩きまわり、有望な新人作家の卵をみつけ、ファナティックともいえるような情熱で彼らを励ましつづけた。「一本気で初志をつらぬく直情型の坂本一亀は、打算や功利性とは無縁の人物である。昔ふうの精神重視主義で、安易な成功よりも苦難の過程を重んじる生真面目な編集者であった」とあるが、口癖は「ハジメカラ売ルコトヲ考エルナ! イイモノハ必ズ売レルトイウ確信ヲモトウ!」と「編集者はサラリーマンであってはならない」であったという。これは、「文学とは善意から生まれはしない、デモーニッシュなあるものである。あくまでも芸術家のものである。編集者はそこに参入しなければならない。サラリーマンであってはならない」ということであろう。育てた作家は綺羅星のごとく輝いている。野間宏『真空地帯』、三島由紀夫『仮面の告白』、高橋和巳『悲の器』『憂鬱なる党派』、真継伸彦『鮫』、小田実『何でも見てやろう』などなど、数え切れない傑作を作家と格闘しながら生み出していった。また、これを許した河出書房の初代社長・河出孝雄氏の生き方にも胸を打たれた。
大学生の頃、電車の中で読み耽った『憂鬱なる党派』や『鮫』。懐かしくて、「文藝」の「高橋和巳追悼特集号」まで引っ張り出してきて、高橋たか子の書いた名文「臨床日記」を再読した。
坂本一亀氏の特異な才能は坂本龍一氏へと受け継がれた。シャイで黒子に徹した古武士のような編集者。この本は、坂本一亀という人を通して、読者に「人間とはどう生きるべきなのか」というギリギリの根源的な問いを突き付ける。いいかげんな気持ちで編集など出来ないぞ、と衿を正される思いで読了した。編集者にはもちろんのこと、文学を愛する人にはぜひ読んでほしい。装丁も造本も品格がある。久しぶりに「読んでしまうのが惜しい」と思う本だった。さすがに坂本一亀氏にしごかれた編集者だけあって田邊園子さんの筆は冴えている。 (編書房 國岡克知子)
■小社の次の新刊は9月に発売予定です。前回に引き続き、著者は櫻井秀勲さんです。NPO図書館の学校に連載していた「戦後編集者列伝」に加筆していただきました。お楽しみに。