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1月23日 最後までハードボイルドに生きた人――さよなら、ヤスケンさん

 2003年が始まった。1月6日から仕事をはじめたが初日からウイルスに狙われた・・・なんていまさら言うほうが間違っているか。アンチウイルスソフトできちんと対策していないから、ほうぼうの友人知人からブーイングの嵐。こりゃすぐになんとかせにゃならぬ、ということで、ソフトを入れると同時に、きちんと必要なデータのコピーもせずにデータを消しまくり、とんでもなく苦労してしまった。bk1時代の知り合い、編プロD社の広川社長に電話したところ「すぐに来い」とのこと。ノートパソコンを担いで下北沢まで。社長いわく「今ごろノートパソコンを会社の主力コンピュータにしているなんてマチガッテオル。40万もするパソコンを買って3年も4年もモタセヨウなんて虫がよすぎる。10万のパソコンを1年使ってまた次の年は買い換える。これが正しいつかいかたよ!」と説教される。「そうなのか、でもせっかく買ったアンチウイルスソフトだからデスクトップにもついでに入れよう」といそいそはじめると、だめだった。デスクトップはウィンドウズ95。コンピュータが古すぎてこのウイルスソフトは使えず。別のウイルス退治方法でやったが、コンピュータというのはなんともやっかいな道具。さっぱりわからず、仕様書はゴテゴテしていらいらするほど長ったらしいし、読んでいるうちに日が暮れる。すぐに誰かに頼りたくなる。やっぱりパソコンに関しては若い男性が一番詳しい。たくさんお友達をつくっておこう!

 『イロハからわかる編集者入門』という2月20日発売の本の校正が佳境に入った。著者とは10年以上のお付き合いで、私にとっては編集者としての師匠のような存在の方。困ったときには、すぐにお邪魔してアドバイスをしていただく。そんな信頼関係のなかで生まれたのがこの本だ。これは編集者志望の若い人たちにぜひ読んでいただきたい内容だが、現役の編集者にもひじょうに参考になるはず。さて、これはどんな表紙画にするべきか? 難しいぞ〜と悩んでいたところ、本文に以下のような文章があった。「そうだ、これだ」とピンときてさっそくチェコにいる出久根育さんにイメージを伝える。そしてできあがったのが下の表紙画。


−−雨の日風の日訪問びより−− 講談社の創始者、野間清治の言葉に、「雨の日風の日訪問びより」「バカな編集者ほど程度を高くしたがる」というものがあります。私の編集者としての一生は、こ の二つの言葉で貫かれたといってもいいくらいです。雨の日や大風の日は、誰でも外出がいやなものだ。そんな中で執筆家を訪ねれば、名前も覚えていただけるし、他社 の編集者もいないので、ゆっくり話をしていただける、という教訓ですが、まさに正 鵠を射ています。


マニュアル本というか実用書でもあり、しかも読んで面白いエンタテインメントにもなっている。「女性自身」「微笑」編集長だったからこそできるアドバイスの数々。お楽しみに。目次は新刊予告のページでどうぞ。(1月16日)


最後までハードボイルドに生きた人ーさよなら、ヤスケンさん

 1月20日にスーパー・エディター安原顕さんが肺がんで亡くなった。 オンライン書店bk1に編集長日記を書きつづけ、1月5日に「ブックスサイトヤスケン」を更新してそれが最後となった。10月末に余命1ヶ月宣言を公表されたが、私には信じられなかった。死ぬ人というのはヤスケンさんのようにパワフルではない。もう本当に枯れ木が静かに朽ちていくように弱っていく。だから、ヤスケンさんにも「どうしても、信じられないのです」と何回も電話で言ってしまった。お会いするのもいやだった。お別れみたいで。お見舞いの葉書には「最後までヤスケンさんらしくカッコ良く、ハードボイルドに生きてくださいね」と書いた。そのとおり、カッコ良く、尊厳を失わず、しかも静かに見事にあの世へと旅立っていかれた。

 いまとなっては、懐かしいヤスケン語録ばかりが浮かんでくる。1998年年末に編書房で井家上隆幸さん、永江朗さん、安原顕さんの三人が鼎談をした(「超激辛爆笑鼎談・出版に未来はあるか?」)。作家の鼎談はたいていはホテルでやるものだから「どうしよう、どこでやろうか」と戸惑って、ヤスケンさんに、お伺いをたてた私に「あんたは貧乏なんだから編書房でやろうぜ」といって小社に2日間、通ってきてくださった。最後の日に近所の「弥助」というスシ屋から握りズシをとり、ビールで軽く打ち上げをした。そのときも、糖尿病でほとんどお酒を飲めないヤスケンさんは「うまいスシだね!」とすぐに褒めてくださった。実は「弥助」のスシは亀戸にはめずらしく、本当に最高の味なのだ。一流の味を知っている人だから、すぐにわかったのかも。うれしかった。

 編書房の本はどれもこれも書評を書いてくださった。2001年に小田光雄さんが書いた『図書館逍遥』を送ると、すぐに読んだヤスケンさんは「しびれた、よかったよ。だけど最後が惜しい。あれだけすごい内容の本に自分の私的なことは書いちゃ駄目なんだ」と厳しく指摘してくださった。「すぐに書評を書くからね、「週刊朝日」にしようか、「GQ」にしようか、もちろんbk1にも書くよ」。その約束通りめちゃくちゃ褒めて書いてくださった。ありがたかった。純粋で飾りけがなく、いつも熱い言葉で励まし、叱ってくださった。 その人はもういない。

 

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