●今回、お二人が俎上にのせた本は…
――日本に対して温かい視点のノンフィクション――
司会 まず『敗北を抱きしめて(上、下)』(ジョン・ダワー著、岩波書店、2001年3月刊、本体各2200円)からでしょうか。
斎藤 この本のレビューを簡単にしますと、敗戦後の1945年8月以降から1951年ごろまでを対象に、占領下における日本人の敗戦体験を描いた歴史書です。普通の人々の聞き書きや新聞の投書など、多様な資料を使って、さまざまな階層にとっての敗戦が何だったかを探っている。下巻は天皇制の問題や新憲法の成立、東京裁判まで、複雑な話になってきますけど、大著なのにとても読みやすく、面白くどんどん読めます。
永江 たまたま私はこの本を『昭和天皇』(ハーバート・ビックス著、講談社)と一緒に読みました。同時に読むととても興味深いことがいろいろわかります。両著者の問題意識の持ち方も非常に近い。『昭和天皇』のほうは天皇の生涯を軸に昭和史を見ているわけですが、ダワーの『敗戦を抱きしめて』は敗戦後の日本の一般社会に軸がある。両方読むとクリアにみえてきますね。
斎藤 どちらもピュリツァー賞の受賞作ですね。ビックスの本も昭和天皇の肉声を伝えようとしていて、共通点が多いかも知れない。ダワーの本はもう少し難解だと思っていたのですが、高校生でも読めます。淡々としてるけどユーモアもあるし。
永江 記述の仕方はアカデミックというよりニュージャーナリズムに近いんじゃないかな。新憲法について日本ではいまだに、「あれは押し付けだった」、「いや、選びとったんだ」と二極に単純化されていわれていますが、ここでは成立までの事実関係を克明に記しています。どういうことがあって、だれが抵抗して、それはなぜだったのかまで。「people」の訳語がなぜ「人びと」や「人民」でなく、「国民」にされてしまったのかなど、のちの日本人の心性を規定するものとして重要ですね。それと天皇裕仁に対する厳しさというか冷静な見方が印象に残ります。日本人にとって天皇はタブーなのですが、第三者的に見るとこうなんだなあ、と納得しますね。
斎藤 この本はとっても売れたし書評もたくさんでましたね。ロングセラーとして定着している。どうしてだろう。東京裁判をアジアの視点を欠いた「勝者の裁き」と見てたりして、概して日本に温かいからかな。逆にいうと、アメリカ帝国主義批判みたいな側面がない?
永江 「わかりやすさ」もあると思うな。以前、ここで取り上げた『さゆり(上、下)』(アーサー・ゴールデン著、文藝春秋)が、日本人が書いた芸者モノよりもずっとわかりやすかったのと似ている。文化的な土壌のない人にちゃんとわかるように書いてあった。日本人じゃないとわからないだろう、ということが通じない、アメリカ人に向けて書かれた本だった。ダワーのこの本も、「なぜ」という問いに答えるように書かれている。情緒的に事実を並べただけではない。「だれ」が「どう」動いたから、こういうことになったのか、という論理関係が明確になっている。
斎藤 それはたしかにありますね。歴史学者の中村政則さんが『敗北を抱きしめて』と『昭和天皇』を、まさに『さゆり』といっしょに論じててさ(「神奈川大学評論」2002年42号)、アメリカでは最近日本物に人気があるらしいのね。アメリカ人から見ると日本人は「従順で野蛮なサル」っていうイメージがあるが、そうでもないよ、という。ただ、エキゾチック・ジャパンというかオリエンタリズムの視線が、そこにあることもわかっておいたほうがいいっていう話だった。
永江 大塚英志がこの本に反発していましたよね。それはこういう歴史が日本人の手によって書かれずアメリカ人の手によって書かれることをまたなければならなかったことへの、悔しさ、怒りだった。だけどそれはしようがないのかなとも思う。
斎藤 日本人は戦後50年の教育の中で、いろんな歴史観に引き裂かれてるところがあるから、なかなかフラットにはなれないよ。それと1946年から48年くらいまで人々のリアルタイムな生活実感は、今ふりかえって私たちがみているかんじとは違うと思うんだよね。1945年8月15日の敗戦で、世界観がガラっと変わって戦後になったように思うじゃない? だけど、いきなり八紘一宇から、手の平をかえしたように民主主義の世の中になって子どもたちが不信感を持った、って、そんなに単純なわけないじゃない。この本の記述を追うだけでも、深い絶望感にとらわれてたかと思うと、こんどはその反動で労働運動がさかんになって急に左傾化したり、屈折した流れが出てくる。前半の焼け跡、闇市の話、パンパンなんかに象徴されるサブカルチャーの担った開放感て辺りはおもしろかった。
永江 ここでは朝日新聞の『声』などに見られる投書が圧倒的に面白いでしょ。天皇制にしても残すべきという人、無くすべきという人、いろんな意見の人がいたんだということがわかる。
司会 投書ってやっぱりすごい!って思いますね。この本の面白さは投書を読めることにもあります。それにしても著者は高見から見ていて、すこし日本人を馬鹿にしているかなっという気がしませんか?
永江 ええっ! むしろ日本人を褒めすぎという印象ですが。
斎藤 私もわりと日本人に寄り添っていて好意的だし、日本人の代弁をしているように思ったけど。だって、この本を読んで「勇気がわいた」とか「元気になった」なんて感想を持つ人までいるんですよ。それじゃ、小林よしのりの『戦争論』とおなじじゃないかよって思うんだけど(笑)。
司会 『敗北を抱きしめて』というタイトルの魅力、すばらしさ、そこにもこの本が支持された一因はあるのでしょうか。
斎藤 そうそう。ちょっとセンチメンタルでね。男女関係を日米関係のメタファーにしているところが不快だという意見もあったようですけど。
――作家へと変貌する一年間の日記――
司会 次は『戦中派焼け跡日記』(山田風太郎著、小学館、2002年8月刊、本体2095円)です。
永江 これは山田風太郎の日記シリーズ(『戦中派不戦日記』講談社文庫、『戦中派虫けら日記』ちくま文庫)のなかの1冊で昭和21年の記録です。この年、山田は復員してきて東京医学専門学校に通う学生だった。当時24歳の彼は、将来自分が作家になるなんて思ってもいない。終戦翌年の1年間の日記ですが、たびたび出てくるのは「復讐する」という言葉。これが単純に戦勝国に対する復讐ととっていいのかどうなのか。それと、これは恵まれた環境にいたインテリの日記だから、当時の日本人の典型のように考えると危険だと思う。どうやら山田は食うのにもそんなに困っていなくて、毎日のように映画を見に行っている。「なんだか気楽じゃん、これって」と思った。
斎藤 そう、毎日渋谷で映画見て本を読んでいる、いい生活。
永江 これで「復讐する」って言っても説得力ないよ。
斎藤 復讐っていうのは彼が特殊だったんじゃなくて、ひろくあまねく、このころの世論だったと思う。
永江 それは何に対する復讐だったの?
斎藤 最初はもちろん「鬼畜米英」に対してですよ。でも途中から急にメディアが民主主義に浮かれはじめるでしょ。その風潮が「なんだよ、おまえらマスコミは!」という風に転化してくる。私はこの本を山中恒さんの『青春は疑う』(辺境社発行・勁草書房発売)って本といっしょに読んだのね。これは「ボクラ少国民」の山中さんが敗戦直後、中学生のときに書いた私家版の作品をもとにした自伝的小説なんだけど、やっぱり復讐を誓ってるわけ、15歳の山中少年が。昨日までは鬼畜米英だったのに今日からは民主主義かよ、許せんって。戦争直後の資料をいろいろ読んでると、みんなが復讐を思っているもの。それともう一つ、45年の敗戦直後は「天皇陛下に申し訳ない」という論調が多い。その意識がどう変化していったのかは興味深いけど、子どもから大人まで「私たちが至らなかったばかりにあの聖戦に負けてしまった。天皇陛下に申し訳ない。それなのに陛下は広いお心で……」って思ってるわけよ(笑)。
永江 斎藤さんは意地悪だから、そこで「“少年H”なんていないよ」、というけど、たとえば1932年生まれの私の母なんかは、わりと冷めた見方をしていたようですね。父親が左翼だったこともあって、天皇制はおかしいという意識はあったようです。
斎藤 それはインテリのおうちだからだよ(笑)。そりゃあ、いろんな人がほんとはいたんだと思いますよ。ただ、戦争に踊った一般大衆のほうが圧倒的に多かったわけじゃない? そこを見ないと、いけないような気がするんだよね。「聖戦」という言葉の中には、アジア解放のための戦いであるという意識があるわけでしょ。それが白人に負けてしまったのだから、またいつの日かアジア解放のために立ち上がるのだ、とみんなが思っても不思議じゃない。山田風太郎さんみたいなインテリの医学生さえ、復讐という言葉を使ってるところに、こういう概念は、なるほど広く共有されてたのだなと思った。
永江 ところで、いまの北朝鮮は大日本帝国にそっくりですね。キム・イルソンはあの時代の天皇制をモデルにして現在の体制を作り上げたんじゃないかな。旧日本軍の残してきた文化は天皇制ですよ。「偉大なるキム・イルソン大将軍さまは我々国民の生活のすみずみまで心配してくださっている」という話は「国民はすべて天皇の赤子である」というのとそっくりだ。
斎藤 そっか。あれを見ていれば、60年前の日本がわかるんだ。飢えに苦しんでいるのに軍需優先だというところも、いわれてみればそっくり。北朝鮮のようすをみて、他人事然と笑ったり驚いたりしている場合じゃないぞ、と。そこから抜けていく過程が、この本の興味深いところですね。マインドコントロールという言葉は好きではないけど、1946年というのは古い体制から新しい体制に移って、みんなが夢から覚めていく覚醒の過程でしょ。山田さんの日記にも、大衆や社会に対する怒りが透けて見えます。
司会 この日記を読んでいると、最初のほうでは山田風太郎さんはまだ作家にはなるなんて思ってもいないのですが、途中からだんだん『雪女』を書いたり『眼中の悪魔』を書いたりして原稿料ももらったりしはじめていますね。
永江 ちょうどこの年が変貌する1年間なんですね。だから作家の誕生日記というふうにも読めますね。
斎藤 考えていくことのウエイトがだんだん小説や文学のほうに傾いていくものね。
永江 なんだよ、医者になるんじゃなかったのかよ、って思っちゃった。彼が作家になって書いたのは『くノ一忍法帖』など、セックステクニックで敵と戦うような娯楽性の高い小説だったわけでしょ。この日記を読むと、なるほどな、と思う。ストレートに思想だとか抽象的な理念を描くほうに行くんじゃなくて、エンタテインメントのほうに行ったというのは分かる気がする。
斎藤 『戦中派不戦日記』(講談社文庫)を読んだときにも思ったけど、この日記を読むと24歳のわりには大人ですよね。今の24歳とはくらべものにならない。直線的じゃなくて、いろいろ屈折している。
司会 江戸川乱歩の作品構築の仕方をこの程度が日本人の限界か、なんて批判している。きっと自分ならもっと凄いものが書けるという思いはあったのでしょうね。
斎藤 この程度かよ、という感じもあったのかもな。でも、この本がなぜ今年出たのかですよね。『敗北を抱きしめて』もそうだけど、戦後50年経てやっとこういうのが出せるようになったのかもしれません。『きけわだつみのこえ』でさえ改竄があったように、戦争協力的な言説は御法度であるという空気がずっと支配的だったわけじゃないですか。しかし、それもこれも含めて、やっと歴史の全体像を丸のまま把握しようという風潮になってきたのだとしたら、いいことですね。
司会 この本は何の解説も説明もないですね。それが不思議。小学館は不親切です。
斎藤 山田さんが生前は出すな、と言っていたのかもしれない。モノとしてはあったのになぜ出なかったのか。こんなものがあったとは私は知らなかった。
永江 死ななきゃわからないことってあるんじゃないかな。生きているうちにこれは出したくないと思ったのかもしれない。
――大東亜戦争か十五年戦争か――
司会 最後は『「大東亜」戦争を知っていますか』(倉沢愛子著、講談社現代新書、2002年7月刊、本体680円)です。
斎藤 なぜ五十年たってこういう本が出てきたかという背景にもかかわるのですが、太平洋戦争という言い方を見直そうという動きが、右からも左からも、最近、出てきています。「太平洋戦争」という呼称は、GHQがそう呼べという指令をしたことによる。しかし、戦争当時は日中戦争と太平洋戦争をまとめて「大東亜戦争」と言っていたわけで、「大東亜」と言わないと、戦争の全体像がつかめない。太平洋戦争というと太平洋、オセアニアみたいにしか思わないけど、ほんとは中国や東南アジアを含んでいた。だから「アジア太平洋戦争」という人とか、この本の著者の倉沢愛子さんみたいに「大東亜」をカギカッコでくくるとか、揺れてる感じがありますね。
永江 私は家永三郎のいうように十五年戦争と言ったほうがいいと思う。1931年からひとつながりで考えるべきなんじゃないかな。だって敗戦だって、「アメリカが原爆を落としたから負けました」といいたがるけど、実態的には中国でも南方でももうだめだった。ほんとうはアジアに負けたわけでしょう。「太平洋戦争」はそれを隠蔽しているし、中国やアジア各国に対する妙な優越感の根はそこにあるんじゃないかな。
斎藤 だからこそ「大東亜戦争」という語を歴史用語として使ったほうが、私はいいと思うんですよ。当時の政府も民衆も「大東亜共栄圏の建設」を念じてて、それに敗北したってことでしょ? 「十五年戦争」は鶴見俊介さんが言い出しっぺなんでしたっけ。それも残しておけばいいと思うけど、当時の人たちの感覚じゃ、戦争はやっぱり昭和12年(1937年)の日中開戦からなんだよね。ということでこの本ですが、ここでは「大東亜」と括弧でくくりつつ、忘れられがちなジャワ、フィリピン、ビルマ、インドなどで戦時中に何があったのかを中心に進められています。でも、これ一冊では戦争の全貌は、ちょっとわかりませんね。
永江 目次というか、概論としては便利な本ですよ。たとえば歴史修正主義者たちが言いたがる、「あの戦争はアジアにとっての解放だった」なんてことは、それぞれの国によって事情が違っていて、解放だったところもあるけれども、そうでなかったところもあるなんてことがわかる。アジアだからといって一緒くたにはできないんだ。
斎藤 そう。ていうか「あの戦争はアジアにとっての解放だった」というのは、歴史修正主義者が言い出したことじゃなく、戦時下の政府の公式見解だよね。しかし、実際には、現地の人たちも、当たり前だが、日本軍を単純に歓迎していたわけではなかった。若い人に読んでもらいたいという気持ちからか、この本は、自分の娘に対する呼びかけみたいな書き方をしていますけど、この方法はあまり成功していないと思う。ただ、戦争を直接体験していない人たちが、戦争の研究をはじめていることが、心強いですね。体験者は体験を特権化したがるからさ。体験してたからって、その時代をきちんとつかめるとは限らない。私たちは六〇年代、七〇年代を体験しているけど、じゃああの時代をきちんと説明できるかといったら、できないんだから(笑)。
(司会・構成/國岡克知子)