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斎藤美奈子&永江 朗の「甘い本 辛い本」 16 

リストラを読む

●今回、お二人が俎上にのせた本は…

――終身雇用は生き残る?――

司会 今回は広い意味での「リストラ」に関する本ですが、どれから?

永江 『成果主義を超える』(江波戸哲夫著、文春新書、2002年3月刊、本体710円)からにしましょう。

斎藤 これは岩波書店の雑誌『世界』に連載されたものです。本来なら「岩波新書」か「岩波アクティブ新書」に入るのかもしれませんが、文春新書から発行ですね。

永江 日本の大企業の雇用形態がどう変わりつつあるのかを電機会社九社(三洋電機、シャープ、ソニー、東芝、NEC,日立製作所、富士通、松下電器、三菱電機)を対象に経営側と働く側の両方に取材しています。成果主義とか実力主義が日本的経営の三本柱(終身雇用、年功序列賃金、企業別組合)にかわるものとして導入されたのですが、実際はどうなのかを調査しているところがポイントです。結局、最初はもてはやされた成果主義とか能力主義というアングロサクソン型のモデルは必ずしもうまくいっていない。また、終身雇用が日本独特の雇用形態でもなさそうだ、ということもわかってきた。

斎藤 10年くらい前、アンケートをとると日本型経営はもう古いからダメだ。これでは乗り遅れる。経済はガタガタになる。だから成果主義、能力主義のほうがいいという人のほうが多かったじゃないですか。8割くらいの人が成果主義に賛成したと思う。自分が落ちこぼれる側にまわるとは思わずに(笑)。そうこうしているうちに、ここ何年かは「それは弱者切り捨て、労働者切り捨てになるのでいかん」と言い始めた。新保守主義的考え方である成果主義には警鐘を鳴らす、というのが『世界』なんかの論調でしたね。普通のサラリーマンはリストラや会社倒産で具体的に危機感が高まってきたから、成果主義ということには戦々恐々としている。そこで江波戸哲夫さんが「実態はどうなんだろう?」ということで調べだした。その結果は「そうでもないよ、成果主義をそれほど怖れることはない。終身雇用も崩壊というわけではない」ということだったのかな。

永江 成果主義については幻想も多かった。ほとんどのサラリーマンは、自分が正当に評価されていない、成果主義になったら自分の給料は上がると思っていた。でも、たとえば経済アナリストの森永卓郎は、「もしもあなたが隣のデスクの同僚を評価するとしたら、8割の人はベースダウンになるんじゃないか」なんていう。

斎藤 日本のサラリーマンは自己評価が高いのね。

永江 それなら目標管理システムを導入して自分で目標を立てて……ということになるのですがそれも上手くいっていない。つまり成果主義であれ目標管理であれ、誰がどのように評価するのかという問題に突き当たる。仕事には数値で計測できないものもあるし、人事部が現場を評価するなんてできっこない。

斎藤 誰が誰をどういう基準で評価するかがまったく見えていないわけだからね。

永江 それは日本だけじゃなくて、いまベストセラーになっている『ザ・ゴール――企業の究極の目的とは何か』(エリヤフ・ゴールドラット著 ダイヤモンド社)もそのことが主題になっている。アメリカの会社がモデルなんですが、労働者側と会社側がどう合意をとりつけて目標をはっきりさせるか、ということで悪戦苦闘する小説。評価を正当にできないのは日本だけじゃないよ、ということでしょう。

斎藤 この本はけっこうおもしろいけど効率の悪い本! やたら長くてさ、こんなにこんこんと説明しないとアメリカ人はわかんないのかって。

永江 小説のスタイルをとったのは、楽しく読みながら思考プロセスがわかる、ということを狙ったからでしょう。基本的に人間は抽象的なことよりも具体例で考えた方がよく理解できるから。『チーズはどこへ消えた?』が寓話というスタイルをとったのと同じ。ただ、わかる人はこんな小説を読まなくてもわかるし、わからない人は読んでもやっぱりわからないんだよね。

斎藤 原著は80年代に出てるわけでしょ。ジャパン・アズ・ナンバーワンのころですよね。日本のビジネスマンはあの本から何を学ぶの? QC?

永江 『ザ・ゴール』でいう思考プロセスとQCは、似ているようで違う。思考プロセスっていうのは、文字通り考えかたを工学的に定式化することでしょう。コンピュータのプログラミングみたいに。QCは労働者のモチベーションをあげるためのものじゃないかな。目標を設定して問題点を洗い出してそれをチャート式でやっていくのが科学的に見えるだけで。だから思考プロセスは一人でできるし、労働以外の場面に適用できるけど、QCはグループで行なうことが前提でしょう。

斎藤 「ボトルネックが問題だったんだ」とわかるまで200ページぐらい費やしている。日本の本だったら2ページくらいですますとこ。いや、あれはあれでいいんだけどさ。小学生に工場の生産性の上げ方を教えてるみたいで、おもしろいなあって。やさしい言葉で経済問題とか会社経営ということを知りたい人がいかに多いか、ということですかね。こういう本はいまとても求められているのですが、経済モノでしかもわかりやすい物語になっていないとイヤって、変わってるなあと思う。物語は物語、理屈は理屈じゃダメなんですかね。

永江 それは抽象的な理論と具体的な現場をつなぐ教育がないからだと思う。別冊宝島の『私でも面白いほどわかる決算書』のシリーズがあんなに売れるのも似たような背景だと思う。まあ、こっちの場合は、経営者がいくら「ウチは大丈夫だ」と言ってもまったく信用できないから、自分で決算書の裏の裏まで読む力をつけないと、という悲惨な状況があるわけだけど。そういう意味では江波戸が明らかにしているように、以前は会社に入って誰かの子分になってやっていけばよかったものが、そうはしていられなくなった。成果主義とか目標管理は、そのいくつかある変化の現われの一断面ですよ。

斎藤 『成果主義を超える』には社内ベンチャー制度とかオーナーマインド契約社員とかセカンドキャリア支援とかでてくるけど、こういうのをどう思います?

永江 ソニ−など伸びている会社を取材していて感じるのは、社員を働く気にさせるのがうまいんだよね。経営者にできるのは環境をつくることと割り切っていて、減点主義ではない。企画したことの7割はダメでも3割の成功があればいいんだという空気がある。

斎藤 プロジェクトXの感じですね。成果主義で評価したら新しいアイディアは生まれない、と。

永江 ただね、この本を読んでいて不満だったのは、電機メーカーのなかでも大きい会社のエリート社員ばかりを取材しているでしょ。実際は製造業では下請け孫受け企業が一番苦しいわけです。ここで採り上げられている大会社のサラリーマンはまだまだ恵まれていますよ。零細企業の雇用形態はどうなっているんだろう。

斎藤 この本で「終身雇用性は生き残る」っていわれても「あんたはいいよね、大会社で」の世界。もっともっと過酷ななかで生きている人のことが抜け落ちている。

司会 きれいなところばかりを取材していちゃいかん、ということでしょうか。

斎藤 ま、こういう切り口も重要ではあるけれど。

――倒産なんてたいしたことない――

司会 では次は『倒産はこわくない』(奥村宏著、岩波アクティブ新書、2002年1月刊、本体700円)です。

永江 いま起きている問題が網羅的に並んでいて目次はとっても便利ですが、なんだか大学のレジュメのような味気なさ。

斎藤 「これまでの倒産」「銀行の責任」「会社が倒産するというのはどういうことか」……と続くのですね。「倒産はこわくない」といわれると自分が勤めている会社が倒産しても「大丈夫、あなたは生きていける」っていう本かと思ったら全然ちがうの。個人の視点というよりは会社そのものの視点でしかないでしょ。だれを目的にして書いたのかな。経営者? それとも知識として知っておく方がいいという意味なのかな。まあ、「岩波アクティブ新書」の第1回配本だから大急ぎで作った感じはあるな。

永江 法人とはどういうものなのか、会社とは実在するのか、会社を実体としてとらえるのか、会社を機能としてとらえるのか、そのへんが私たちにはイマイチよくわかっていませんよね。それを相対化させるという意味ではいい。

司会 これを読むと著者は評論家風な感じで、ひとごとのように書いている気がしました。奥村さんという人はもっと熱い感じの人だと思っていましたが。

斎藤 江波戸さんの『成果主義を超える』は一応の結論はあるでしょ。この本では評価というか判断がない。でも、私的整理、特別精算、会社更生法、民事再生法などの基礎知識が学べるところなどはおもしろいです。そして倒産の戦後史がざっとおさらいできる。メインバンクとは何か、などのあとに倒産対策がでてくる。一つの例として労働組合が倒産した会社を買取る、という方法。著者はこれを高く評価していますね。生き残る道としてはそういう方法はあるけど、それは会社に帰属しているということではダメで意識転換が必要ですよ、ということかな。評価といえばこれが評価になるのか。

永江 倒産がこの世の終わりで、「倒産したらみんなで首吊り」っていう記事がだいぶ前にあったでしょ。あれを読んで「バカじゃないの、倒産したくらいで首吊りなんて」と思った。たかが会社を潰したくらいで死ぬことないでしょう。

斎藤 「倒産したら首吊り」という発想は社畜だけど、可哀相な気もする。人生の降り方をわからないというか、オール・オア・ナッシングという思考方法だからポキッと折れてしまう。

永江 『倒産はこわくない』というのはそういう意味だよね。会社だもの、失敗して潰れることもあるし、潰れりゃ人様に迷惑がかかることもある。だけど死ぬほどのことじゃない。倒産がとてもおおごとであるかのように考えるのはやめなよ、ということを読み取ればいいわけです。

斎藤 「倒産が大変だ」という報道の仕方にも問題があるのでは。伝えるメディア側の記者もサラリーマン(社畜)の発想だから、つい騒いでしまうってとこはない?

永江 会社員はあまりにも無防備ですよ。自分の会社が潰れることなんかありえないと思っている。だけどある日会社にいったら潰れていましたということって実際にあるんです。どうして自社が危ないということがわからないのかな。会社なんていくらだって潰れるということを頭に入れておけ、ちゃんと危機管理をしておけよ、というのが私の提案。フリーになったとき最初に考えたのは仕事先の分散でした。リスク回避。雑誌なんていつでも廃刊になるし、出版社だってすぐ潰れるんだから。一社に頼るのもいけない。

斎藤 私も就職した出版社の雑誌が2年半で潰れた。20代で路頭に迷う生活から人生がスタートしたから、倒産ぐらいで大げさな、という感じはしますね。この本をどう読むかをまとめると、倒産という観点から会社とは何か、企業はどうあるべきなのか、社員と会社の関係性を考え直してみようということでしょうか。

――ハゲタカ・ファンドに喰われる兎ちゃん――

司会 最後に取り上げるのが『凛冽の宙』(幸田真音著、小学館、2002年3月刊、本体1800円)です。

永江 この小説にはポイントが二つあります。一つはモデル小説であるということ。兜町の風雲児といわれた青年投資家が小さな保険会社をだまして「損失先送り商品」を売りつけた。これは現実の事件であり、現在公判中ですね。このことを下敷きにしている。もう一つのポイントは話題のハゲタカ・ファンド(主人公はこのハゲタカ・ファンドに勤めている)がいかにして日本企業から金を毟り取るのか、という点。帯がミスリードなんですよ。幸田真音(こうだ・まいん)の前作『日本国債』は、文字どおり日本国債がどういう仕組みでどう運用されどういう問題があるのか、ひとつのパニックを架空に起こしてそれでどうなるかというシミュレーション情報小説なんですが、まるでミステリーを読むように日本国債のすべてがわかるというものでした。これはその不良債権版という帯ですね。

司会 帯にはこうあります。<あのベストセラー『日本国債』の著者が今度は「不良債権」にメスを入れた!「損失先送り商品」「サービサー」「バルク買い」――綿密な現場取材をもとに描き出した、不良債権に群がるカネの亡者たちの凄絶な闘いと日本経済の闇!>たしかにこれにつられて買った人も多いかもしれません。

斎藤 『日本国債』の場合は、『ザ・ゴール』方式だったわけですね。それで売れたから柳の下の二匹目のドジョウ狙いだったのかしら。

永江 でも中味はモデル小説とハゲタカ・ファンドの話。しかも、小説としてはヘタです。

斎藤 それでもいいわけでしょう、こういうものでは。表現があまりにも陳腐で笑いそうになったけど。登場人物がみんなステレオタイプなのね。特に女はわかりやすすぎ。男が喜びそうな単純ないい女だったりして。ただ、私は経済小説というジャンルはよく知らないけれど、経済小説というのはあまり上手じゃないほうがいいんじゃないの(笑)。情報は情報としてきちんと伝わる方がいいんだから、あまりにも小説としておもしろかったり魅力的な人物が描けちゃったりしているとまずいのでは……。だから、もうそれはいいとしようよ。それよりさ、経済犯罪として毟りとられた人が出てこないのが、犯罪性を伝えきれてないという点が不満。もう一人の毟り取られる主人公がいて、そっちが悲惨なめにあっているという状況になったなら、小説としてはおもしろくなったと思う。あと結末ね。じつは巨悪はもっとほかにいる、ということでしょ。小説として弱いところがあるとしたら被害者がよくわからないところだよね。

永江 ほとんどの経済犯罪は、騙される方も悪いんです。欲をかくからそこにつけ込まれて毟りとられる。この小説だとハゲタカ・ファンドに喰われるかわいそうな兎ちゃん、で終わっちゃうものね。喰われるヤツが悪い。だけどこの小説は売れている。どうして売れているかというと、外資がなぜ日本の不良債権を買って利益を得られるのか、それを知りたいということなんだろうね。そこはわかるようになっている。

斎藤 会社が倒産して死ぬのはバカとか、毟られる奴が悪いとか、永江さんが人非人だということが、今回はよくわかるテーマだったよ(笑)。

(司会・文・構成 國岡克知子)

 

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